SPECIAL

未来を創る 宇宙ビジネスの旗手たち

SPECIAL/特集記事

第8回

日本発、宇宙ベンチャーが取り組む
スペースデブリ対策とは

スペースデブリ(宇宙ゴミ)とは、人類の宇宙活動に伴って軌道上に残された不要な人工物体のこと。役割を終えた、または故障した人工衛星やロケット上段から、爆発・衝突といった事故で発生した破片まで、一辺が10センチメートル以上の物体は2019年頭の段階で19538個、10センチメートル未満のサイズで、レーダーで監視できないものは10万個以上あるとされている。

スペースデブリは、秒速7キロメートルの速度で地球の周辺を周回しており、運用中の人工衛星や国際宇宙ステーション(ISS)などに高速で衝突し、甚大な被害を及ぼす可能性もある。
1990年代から、新たなスペースデブリを排出しないようIADC(国際機関間スペースデブリ調整委員会)が「スペースデブリ低減ガイドライン」を制定するなど対策を進め、人工衛星の運用終了後25年以内に大気圏再突入や無害な軌道への移動などを行うルールが定められた。

近年の超小型衛星打ち上げの増大や、“メガコンステレーション”と呼ばれる数百機から数千機の衛星網の計画によって、スペースデブリ対策は新たな段階を迎えている。人工衛星のミッション終了後、速やかに軌道離脱(デオービット)させるPMD:Post-mission Disposal、すでに軌道上にあるスペースデブリを取り除くADR:Active Debris Removalをどのように進めるか。日本では、2019年3月4日に「第1回スペースデブリに関する関係府省等タスクフォース」が開催された。

日本の宇宙ベンチャーの中では、スペースデブリ除去専門の「アストロスケール」、人工流れ星衛星の「ALE」、小型衛星向けエンジン開発の「パッチドコニックス」などのベンチャーがデブリ対策を進めている。今回、3社から取り組み状況と将来のデブリ対策事業について聞いた。

宇宙ゴミ除去サービスの定常化を目指す

株式会社アストロスケールホールディングス

アストロスケールは、スペースデブリ除去サービスを専門とする世界初の民間企業として2013年に設立された。2019年頭には本社を日本に移動し、2020年の実証機打ち上げを目指して開発を進めている。創業者兼CEOの岡田光信氏に、2段階に渡る今後のデブリ対策事業について聞いた。

-- スペースデブリ対策としてどんな実証を進めていますか?

岡田 ELSA-d衛星は、2020年初頭にデブリ除去に必要な総合的実証を行う予定です。スペースデブリを捕獲するためには、自律航行して衝突回避をしながら軌道離脱(デオービット)する必要があります。重さ160キログラム程度の衛星で、ターゲットとなる模擬デブリを見つける、近づく、診断する、回転を合わせる、捕獲、安定化、という全段階を行います。

昨年からイギリスの大学が主導し、企業・研究機関と宇宙でスペースデブリの捕獲実証を行いましたが、銛で衛星本体から伸ばしたターゲットを突く、またはターゲットをネット捕獲するというもので接近の実証や「デオービット」はありませんでした。銛や、網で捉えたものを引っ張るとターゲットが衛星本体にぶつかる可能性があるので、それを避ける技術も必要になります。剛的に捕まえるためには、ターゲット側と捕獲衛星側が回転を合わせないといけないのです。アストロスケールの衛星では、ターゲットに磁石プレートを搭載して"準協力物体"とした上で、しっかりと捕まえる"ランデブー"を予定しています。

-- 実際にサービスとしてスペースデブリ除去を行う際に、磁石プレートを搭載して捕獲に「協力」する相手、つまりお客さんとはどのような存在でしょうか? それがビジネスとして成立するのはいつごろですか?

岡田 コンステレーションと呼ばれる衛星網は、途中で一定数の衛星が故障することを計画の中に織り込んでいます。代替機を軌道に送るためには、故障した衛星を軌道から取り除く「デオービット」が必要になります。

こうした、衛星のミッション終了時期に提供するサービスを先に開始できると考えています。ELSA-d衛星はその門戸を開ける存在になると考えていて、2020年代前半には、定常的にサービスが実施されている世界を目指しています。

コンステレーション衛星を提供する側にとっては、ビジネス維持のための軌道のメンテナンスが必要です。これはBtoBのビジネスですから、安価なソリューションを提供し、安定して動作するかが大事です。

-- コンステレーション衛星がひとつのターゲットということですね。ただ、衛星事業者はコスト増の点からデブリ対策の義務化には消極的と聞きます。

岡田 衛星は「ミッションが終了したら自分で軌道から降りて燃え尽きなさい」というガイドラインが存在します。運用終了後の軌道離脱(PMD)の目標は90パーセント程度ですが、実際には達成率が50%を切っています。これがキューブサットクラスの、軌道も高度400キロメートル前後であれば比較的落ちやすいので、大気抵抗などにより「デオービット」が可能です。問題は、550~600キロメートルを超える高度です。それより上になると、自力では落ちてこないので、除去をしないと軌道の環境が悪化します。1000キロメートル近くの領域では、第三者によるバックアップが必須です。
膜展開といった機構を活用する選択肢もありますが、(衝突回避には不向きです)推進装置を持った小型でパワフルな除去衛星の出番になります。


開発中のELSA-d(エルサディー)(画像提供:アストロスケールホールディングス)


衛星事業者は、確かに追加コストの負担はしたくないでしょう。ですが、結局は故障した衛星や寿命を迎えた衛星により、ビジネスの障害になるというブーメランがおきます。レギュレーションは強化せざるを得ないですし、対策コストを織り込んでおかないといけない時代を迎えているのです。ただ、サービスを安価にすることは必要です。研究では、軌道上から衛星を取り除くのに何百億円もかかるといった試算があります。それでは利用者が困るので、とにかく安くしないといけないと考えています。

-- PMDだけでなく、すでに軌道上にある運用終了後の衛星やロケットの残骸を取り除くADRの見込みはどうでしょうか? 今年の1月には、地球観測衛星のWorldView-4が故障のために寿命を大幅に残して運用終了したという例があります。

岡田 既存の宇宙ゴミは、専用のターゲットを載せた衛星と違って、“非協力物体”です。しかもコンステレーション衛星が500キログラム以下で比較的小型であるのに比べて、既存の宇宙ゴミとなった衛星は非常に大きいです。この対策技術は2020年代半ばに完成させたいと考えています。

地球観測衛星だけでなく、ORBCOMM社の通信衛星も軌道上で破砕しています。こうしたことは、年間に何度も起きています。通信ができればまだ見込みはあるので、いち早く技術を確立し、できるだけ早く対応すべきだと思います。

もともと、既存の宇宙ゴミは政府(公的宇宙機関)が出したものが多いですから、除去のイニシアチブを政府が負うことが自然だと考えています。また、多国間で協調して進めなければいけない。そのための足場作りは着実に進んでいると思います。

-- 必要な技術を獲得し、サービスを開始するための資金、技術者についてはいかがですか?

岡田 昨年10月に、株式会社INCJ、SBIインベストメント株式会社の運営ファンド、三菱地所株式会社等から新たに約5000万米ドルの出資を受け、累計総額で1億200万米ドルの資金調達を達成しました。この5000万ドルは非常に重要なお金で、人を増やす、施設を充実させるといった事業の拡張に使うお金です。衛星の量産体制に向けた用途も含まれています。

2019年の2月から本社を日本に置いて、JAXAやESAなど100社ほどのパートナーと共に事業を進めています。最近では、世界から就職希望が届くようになりました。起業当初はほぼなかったことで、大きな変化を感じています。ミッションが“宇宙ゴミの除去”と明確なためかと思います。今後は自動車のロードサービスのように、宇宙ゴミ除去サービスが当たり前に提供される世界を目指したいと思います。その段階に来ると、ごく当たり前のサービスとしてニュースにはならないと思うのですが、宇宙ゴミとなった衛星が毎年数十機、淡々と軌道から除去される時代が来るのではないでしょうか。

人工流れ星のミッション実現に
デブリ対策は必須

株式会社ALE

2019年1月、イプシロンロケット4号機で初の人工流れ星衛星「ALE-1」を打ち上げた株式会社ALEは、国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構(JAXA)と共に導電性テザー(EDT)を用いた装置の開発に着手したと発表した。人工流れ星とデブリ対策がどのように結びつくのか、チーフエンジニアの蒲池康さんに聞いた。

-- 導電性テザーを用いたスペースデブリ対策装置を開発されるそうですが、どのようなものですか?

蒲池 導電性のひも(EDT:導電性テザー)を人工衛星から展開し、衛星の運動と地球地場との相互作用で働くローレンツ力によって衛星の軌道を下げるというものです。この装置は、衛星の軌道が高くても、ひもを伸ばせば高度1000キロメートルまでの比較的高い高度でも効果が得られます。衛星の軌道を変えて大気圏に落とせるだけでなく、電子放出によって電流を強制的に反対方向に流せば速度が増す、つまり推進機関として衛星の軌道を維持するためにも使えます。このプロジェクトは以前から行っている神奈川工科大学との共同研究に加え、この度ALEとしてJAXAの共創型研究開発プログラム「宇宙イノベーションパートナーシップ(J-SPARC)」の枠組のもと装置開発に向けてパートナーシップを締結させていただきました。




(画像提供:株式会社ALE)

-- 1月17日にイプシロンロケット4号機で打ち上げられた「ALE-1」には、すでにミッション終了時に25年ルールの元で衛星を大気圏に再突入させる膜展開装置が組み込まれているそうですが、それとは異なる装置でしょうか?

蒲池 別の装置です。「ALE-1」には大気抵抗によって軌道降下を行う『DOM2500』膜展開機構(DOM®:De-Orbit Mechanism※1 )が搭載されています。こちらは東北大学および中島田鉄工所と共同開発した製品になります。「ALE-1」はミッション時の高度が400kmと低いので、実は膜を展開しなくてもミッション終了後は数年以内に大気圏再突入します。ですが、打ち上げ時の軌道高度が500kmなので、高度400kmまで降下する必要があります。そこで、今年4月にこの膜展開機構を展開し、軌道高度を400kmに下げる運用を行います。 軌道降下には1年程必要なので、膜が通信等と干渉しないように、3メートル程度の棒を伸ばして展開することでリスクを避けます。また将来、ミッション終了後の人工衛星自体を再突入させ、人工流れ星を発生させることも検討しています。

-- テザー展開機構と膜展開機構は別の目的なのですね。DOM®に加えて、EDTに着目したのはなぜでしょうか?

蒲池 スペースデブリ対策は手段が限られていて、特に軌道降下によって再突入するための技術としては、スラスター、あるいは膜、ひも、くらいしか手段がないんです。その中で、近年打上数が増大しているキューブサット級の衛星では、スラスターや膜展開機構はサイズ的に困難です。ですがテープ状のひもは収納性に優れていて、カセットテープくらいのサイズまで小さくできるんです。キューブサット向けなら1センチメートル幅のひもを30メートルくらい展開すれば、軌道降下が期待できます。

-- キューブサットでも利用できる大きさが魅力ですね。EDTを使ったデブリ対策装置をどのようにビジネス展開していくのですか?

蒲池 まずは完成した製品による軌道降下の宇宙実証を行います。この時の衛星としては、ALE衛星だけでなく、国際宇宙ステーション(ISS)からキューブサットを放出して実証することも検討しています。さらに、ALE衛星のミッション終了後にテザーを展開して、展開方向やテザーに電子を供給する“電子源”の寿命などを検証することも予定しています。あるいは、装置をロケット上段に搭載して実証するという方法もあって、ロケット企業からもそのような相談も来ています。実は、打ち上げが終わったロケットは速やかに大気圏に再突入させた方がよいので、ロケット企業の方がデブリ対策に関心が高いと感じています。キューブサットよりはかなり長い、1キロメートルくらいのテザーを電子源と共に搭載し、地上からの信号で展開します。

現在は開発要素の洗い出しを進めていますが、2019年中にエンジニアリングモデル、2020年中にはフライトモデルを開発して、2021年の初頭に最初の実証をしたいと考えています。

-- スピード感のある開発ですね。もう引き合いが来ているのですか?

蒲池 世界の衛星事業者や大学に使ってほしいと思っていますが、広め方は難しいですね。スペースデブリ対策に対して何らかの規制がないと、衛星開発のコストが高くなるので使いづらい。ただ、ユーザー側はスペースデブリ対策をしたくないわけではなく、例えばISSからの放出よりも上の、高度800キロメートルでしかできないミッションをやりたいと計画すると、運用終了後にデブリ対策を行う“ポストーミッション・ディスポーザル(PMD)”用の装置を積む必要があります。そうでなくては、25年以内に落ちてこないですから。PMDは桁違いに信頼性が必要なので、JAXAとも相談し実証を進めながら味方を増やしていきたいです。

-- 人工流れ星をつくろうとしているALEさんが、スペースデブリに取り組むことになったのはなぜでしょうか。また、どのような姿勢で取り組んでいるのですか?

蒲池 もともとスペースデブリ対策には強い関心がありました。我々がやりたい人工流星のミッションができる軌道は限られており、入れられる軌道は大変少ないです。もしそこに、メガコンステレーションといわれる数千機級の衛星網の中の1機でも事故が起きて干渉すれば、自分たちのミッションや宇宙事業ができなくなってしまいます。デブリ対策が非常に重要なのです。

我々も衛星がデブリにならないよう、どこにも当たらない、干渉しないような対策をしています。国連やIADCでも発表して大変な関心を持っていただきました。ただ、日本国内ではまだ誤解があると思うので、DOM®、テザーについても正しいものを発信していくことで、対策の重要性を訴えていきたいです。
※1DOM®は中島田鉄工所の登録商標です。

低コストのHDCGJエンジンで
デブリ除去に貢献する

合同会社パッチドコニックス

小惑星探査機「はやぶさ」のプロジェクトを成功に導いた、JAXA宇宙科学研究所の川口淳一郎教授。現在は、合同会社パッチドコニックス代表として、小型衛星向けのエンジンや電力制御装置の開発を進めている。ALE衛星にも納入された新機軸エンジンは、デブリ対策の中でどのように力を発揮するのだろうか。

-- ALE衛星に小型エンジンを納入されたそうですが、どのようなエンジンでしょうか?

川口:高密度コールドガスジェット推進機関(HDCGJ)というエンジンです。HDCGJエンジンは比較的小型の人工衛星にはぜひ装備したい装置です。これまでの大型の衛星はエンジンに“ヒドラジン”というアンモニアの仲間を使っていました。ヒドラジンは触媒に触れさせると高い熱を出すので、高温のガスが出る性能の良いエンジンを作ることができます。しかし、高温のガスに耐えるエンジンは特別な材料が必要ですし、ヒドラジン自体を押し出すために窒素など他のガスや調圧装置も必要です。それにヒドラジンは摂氏4度で凍ってしまうので、配管のいたるところにヒーターをつけておく必要があります。人体に有害で取り扱いも大変です。結果として重量やコスト面において、開発費が数億円規模の小型衛星には搭載が難しいのです。数トン級の高価な衛星の場合、ヒドラジンの推進システムは軽く10億円のオーダーになります。

また、低高度軌道上の小型衛星の姿勢制御には磁気のコイル(磁気トルカ)などを使いますが、これは姿勢制御専用で重心の位置を変える、つまり移動することができません。HDCGJというエンジンは、姿勢制御も移動も両方可能なのです。

HDCGJエンジンは、ガス化しても低温なので、コールドガスジェットと呼ばれるエンジンです。安全なガスを液体で持っていき、加熱してガス化させる方式をとっています。ALE衛星で使われているのは、R600aという冷凍庫の冷媒などで使われているガスです。実は登山用コンロやカセットコンロにも使われているイソブタンなのです。カセットコンロのボンベは、ヘアスプレーの缶とあまり変わらない程度の容器で持ち運びができ、液体を保っていますね。ヒドラジンよりは性能が低いですが、低圧で液化するのでかさを小さくでき、たくさんガスを持っていける。無害で安全で、マイナス数十度でも運転できることから、小型衛星に向いた他にはないエンジンです。


高密度コールドガスジェット推進機関(HDCGJ)(画像提供:合同会社パッチドコニックス)

-- ALE衛星の中では、どのような役割を果たすのでしょうか?

川口 ALE衛星は流れ星を撃つときに所定の場所に行く必要があります。ミッションが果たせるように、軌道をコントロールするために使うのですね。通常はステーションキーピングといって、所定の軌道を維持することが主な目的です。システム構成は同じまま、衛星によって大きさをいくらでも変えることができるため、キューブサットや50キログラム級、200~300キログラムの衛星まで対応できます。

-- このエンジンが、スペースデブリ対策の中ではどのように力を発揮するのでしょうか?

川口 デブリ回収にむけた活動では、制御不能になった衛星にアクセスして、捕獲し、軌道離脱を行わせる衛星を開発することが構想されています。ランデブー・ドッキングできることが必要で、捕獲するためには姿勢制御だけではなく、軌道も制御できなくてはなりません。

姿勢と軌道を両方制御するには、姿勢に3方向、軌道に3方向と全体で6方向に制御できる手段が必要になります。いわば『はやぶさ』『はやぶさ2』のようなロボット宇宙機を作る必要があります。これまでの衛星のエンジンはノズル1個あたりの価格が非常に高価ですし、また多数のエンジンを駆動するシステムは、普通の衛星の制御ではあまり求められません。一方でHDCGJエンジンならノズルヘッドがいくらでも増やせます。

ライバルになる衛星のエンジンに、小型の電気推進エンジンがあります。性能がよいのでそれなりに脅威ですが、加速に時間がかかるのですね。デブリ除去の場合、「目標の衛星がそこに見えている」というところから、近づくのに何日もかかるのでは困ります。HDCGJエンジンは近接でのランデブー・ドッキングに高い機動性を発揮させることが可能になるのです。

今回、日本の宇宙ベンチャー企業3社が取り組むスペースデブリ対策を紹介したが、衛星用のエンジンの発注、納入で関係を持つALEとパッチドコニックスだけでなく、ALEとアストロスケールもデブリ対策の分野で交流を持ち、協力しあっているとのことだ。それぞれが持つ得意分野を活かし、補い合うかたちで能動的なスペースデブリ対策が生まれようとしている。 今後の活躍に期待したい。

インタビュアー: ライター 秋山 文野